綿谷りさ『蹴りたい背中』

 オレ流ぷろふぃーるで「趣味は読書」とか書きながら、このサイトには読書を思わせるコーナーが全然なく、「ホントに読書が趣味なのかよ」とかいわれそうなので(笑)、たまには書評でもしようと思います(エラそう)。

 さて今回読んだのが、もう皆さんご存知の綿谷りさ著『蹴りたい背中』です。やれ最年少の芥川賞受賞者だ、やれ100万部超えただとかいわれれば、普段純文学はめったに読まないオレでも「どんなもんかいな」と興味をもったのは事実。10代の女の子がいったいどういう文章を書くのだろうと、ページをめくってみました。

 あらすじを簡単に説明すると、高校に入学してからグループでの友達づきあいがひどく退屈で、上っ面なだけのものにみえてしまい、それに辟易して孤立化している主人公ハツと、同様にクラスで孤立している男子生徒・にな川との、似たもの同士が接近し、日常を送っていくといったものである。

 正直読み終えて感じたことは、オチがない、ということである。というか、純文学にオチを求めること自体が間違っているのだろうが、とにかく読んでいてあんまりドキドキしたり、ビックリしたりしないんだよね。つまりはやく次のページに進みたいって気にさせるようなものではないということだ。

 これはオレの好みによるところが大きいのでなんともいえないが、やはりもっと物語に起伏が欲しいんだよね。まあ「起承転結」というやつだ。これがどーにも薄いんだよね。なんかレーダーの波長が直線にちかいというか。やや盛り上がるところとかあるにはあるんだけど、全体的に平坦。

 ただこれは純文学だからね。それを踏まえた視点でみると、また感想がちがってくる。

 オレがいつも文章を書いていて思うのは、「たとえがうまくなりたい」ということ。つまり「〇〇のようなXX」みたいな表現での〇〇の部分だ。これが独創的であればあるほど表現者としての個性が差別化され、オンリーワンに近づけると思うのだ。

 その点この『蹴りたい背中』はさすがというか、非凡な才能をみせていると思う。19歳という年齢でしか書けないような、また女子高生だったからこそ書けるのかな、というようなたとえが秀逸。どう考えても思いつかないだろうというようなたとえが、頻繁にでてくる。この辺りが凡才の物書きとの決定的な実力の差かな、とも感じる。

 あとは学校生活の描写がよくできているということ。さすがつい最近まで高校生だっただけあってその描写はリアルで、学校という場所の空気や色合い、生徒の息遣い等がよく見えてくる。

 全体的に重苦しい空気が流れているが、それは学校で孤独を感じている主人公ハツの心象描写の効果が大きい。ただハツのにな川に対する感情が、愛情なのか友情なのか、同類を求めているだけなのか、はたまた恋愛感情を含ませたいのかがよくわからない。まあこの辺はオレの読解力がないだけなのかもしれないが。

 とりあえずエンターテイメントは求められていないというのはわかりました。読んでいてなんとなくオレが感じたのは「そーいやオレが高校生のときにも孤立した人がいたなあ」ということ。そういった人が果たしてハツのような思いと類似した感情をもっていたのかなあとか、少し考えてしまいました。

(2004年4月5日)

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