読書感想文についての考察

 学生の皆さんには楽しい夏休みが近づいてきましたが、頭を痛めるのがその膨大な量の宿題ですよね。特にその中でも嫌な宿題の両横綱が、「自由研究」と「読書感想文」だと思うんです。今回はこの「読書感想文」についてクローズアップし、オレの考えをつらつらと書いていこうかと思います。

 オレはガキの頃、とにかく本を読むのが嫌いで、この「読書感想文」というやつはホントに大嫌いでした。本を読むことがこの上なく苦痛なので、まずモチベーションがあがりません。しかもいわゆる「学校指定図書」という本にはまるで魅力を感じませんでした。今から考えれば、たぶん食わず嫌いの要素が多分にあったからだと思うのですが、当時は「なんで学校はこんな退屈そうな本をこぞって薦めるのだろう」と、なんともエラそうな態度をとっていました。

 もう一つ嫌な理由に、「感想文」の書き方がイマイチよくわからなかったことがあげられます。学校の先生も、これについては全く教えてくれなかったと記憶しています。感想文なので、基本的にその形式は自由でいいから教える必要はない、というのが理由でしょうが、それにしても大まかなパターンくらいは教えて欲しいものです。そのために雛形が提示されない我々子どもは、何をどう書いたらよいか、さっぱりわからずに頭を悩ます結果となり、この宿題は後へ後へと後回しにされる運命になるのです。

 読書感想文を書きはじめると、よく我々を悩ますパターンがあることに気づきます。ではそのいくつかの悩めるパターンを紹介していこうかと思います。

パターン@「感じたことを書けばいいんだよ」
 書き方がわからずに苦悩していれば、「親に聞いてみよう」という流れになるのは、至極当然の結果だといえます。しかしそこで返ってくるアドバイス? は、決まって

「感じたことを書けばいいんだよ」

です。その本を読んでどう感じたの? 何を思ったの? それを正直に書きなさい、ということである。しかしこんな漠然としたアドバイスはもはやアドバイスとはいえず、正直な感想を書いた結果が

・おもしろかった(たかしくん・10才)
・かわいそうだと思った(あゆみちゃん・8才)
・すごいと思った(ゆうやくん・11才)

といったような、原稿用紙にして2行で終了してしまう超シンプルな感想文が出来上がることとなり、子ども心に

「これでは提出できない(汗)」

と、小さな胸を痛める結果となるのです(笑)。親のこういったいい加減なアドバイスは、よけいな混乱を子どもに与えるということをわかってほしいものです。

パターンA「あれ?あらすじになっちゃってるよ!」
 さすがに2行の超シンプルな感想文ではやばいと思い、我々は何とか行数を稼ごうという不毛な智恵を搾り出すことになります。そこでありがちなのが、書籍からの「引用文」を多用するテクニックです。

引用文テクニックの例

超シンプル感想文

引用文テクニック使用後感想文

おもしろかった。 太郎はポチとこうえんに行って、とちゅうで会ったおばさんに「おさんぽえらいわねえ」といわれたけど、本当はおさんぽではなくて、宝さがしをしに行くんだとはいえなくて、とてもこまってしまったところがおもしろかった。
かわいそうだと思った。 アリスは大事な時計を落としてしまいました。ひっしでともだちのジャックとさがしたけど、どんどん日がくれてきて、くらくなってしまいました。大好きなおじいさんからもらった時計がどうしてもみつからないのでアリスは泣きました。かわいそうだと思いました。
すごいと思った。 はじめは失敗ばかりしていた五郎だったけど、毎日毎日れんしゅうをしました。するとだんだんできるようになってきて、「お父さんのいうとおりだ」と、五郎は思いました。そしたら失敗しなくなりました。五郎はすごいと思いました。

 どうでしょう。なんともそれっぽくなってきたでしょうか。書いている根幹は一緒ですが、引用文という肉付けがある分、少しはまともな感想文にみえます。しかしこれは基本的に超シンプル感想文となんら変わらないので、子どもの観察力・思考力を文章化するというトレーニングには全く意味をなしていないところがミソです(笑)。

 しかしこのテクニックは、原稿用紙を埋めるという点では大いに有用性があるため、みんなこぞって採用した王道といえましょう。しかしこればかりに頼りすぎると、終わってみれば8割がた引用文の「あれ? あらすじになっちゃってるよ!」という、青ざめた結果にもなりかねないので、注意が必要です。

パターンB「これで先生はわかるのかなあ?」
 このパターンはお人よしの、考え込む子どもに多いパターンです。感想文というものは、提出したあとに担任の目を通って評価が決まる代物です。しかし自分が読んだ本を必ずしも担任が読んでいるという保障がないため、自分が書いた感想文を読んでも、担任には意味がわからないのではないかと悩んでしまうわけです。

 そのため、ある程度のあらすじを書かないと理解してもらえないからあらすじを書いたんだけど、そればっかりだとパターンAに陥っちゃうし、かといって自分だけがわかっていることばかりを書いたら先生には伝わらないかも…と夏休み中気を使ってしまう結果になります。余計な心配事で小さな胸を痛めてしまうのです。

 しかしこれは「読み手」を意識した考え方であり、前出の@Aよりは、もっともハイレベルなパターンともいえます。こういった「読み手」を意識した姿勢を学んだだけでも、大きな成長と評価していいのではないのでしょうか。それだけに、学校側は「学校指定図書」を垂れ流すだけではなく、指定したからには先生はそのすべての図書を読むことを義務付けてほしいです。でないと、パターンBの子どもがうかばれません。もし義務付けられているとしたらスイマセン、オレの情報不足です。

 とまあ、いろんなパターンを書いてきましたが、それだけこの「読書感想文」という宿題は難儀した思い出があるということです。今になって感じることですが、この「読書感想文」ってやつは、ようは子どもにレビュー(書評)を書かせているようなものだなあ、と気づきました。そう考えると、子どもにはなかなかハイレベルな作業ですよね。それだけに嫌な宿題の横綱だったんだなあと感じるわけです。でもこの作業がなぜかうまい子どもってのがいるんですね。毎回県の文集かなんかに選ばれちゃう人。この子たちは、早くからこのレビューの書き方のコツをつかんでいたんだろうと、今になって思います。なんでか知らないけど、女子に多かったんですけどね(謎)。

(2004年7月11日)

 

 

 

 

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