自意識の低下について

 暑いのと運動不足解消という目的でプールに行ってきたんですよ。どこかのスポーツクラブなんていうハイカラなところではなくて、市の公共施設なんですけどね。それだけに500円で泳げるわけです。

 となると、やはり大挙して訪れるのが、子供づれの家族です。いわゆる「安・近・短」で子供を満足させようという親御さんの高度なテクニックですよ(笑)。そんな中泳ぎ疲れて休んでいると、何気に人間ウォッチングを始めてしまうわけで。

 前から感じてはいたのですが、年を重ねることで生じるオヤジ化・オバハン化というのは、回避不可能なのかと、本日あらためて実感した次第です。もうね、見ていて哀しくなってくるくらいの現実が目の前にはあるわけですよ。ハッキリいいましょうか。この市民プールにおいて、色気は皆無です。いくらなんでもそれはないだろう、というのがオレの率直な感想でした。

 お父さんのだらしなく垂れた胸、突き出たお腹、お母さんの二の腕についた肉、三段になったわき腹。着ている水着にファッション性は追求されず、まさにボディスーツとしての原始的機能しかそこにはありません。市民プールということで若い女の子がいるわけもなく、それだけにそのオヤジ・オバハン密度というものが、やたら高くなって感じるわけです。

 別にね、お母さんにギャルと同じような露出、ファッション性を求めているわけじゃないんですよ。ただそこにいるお父さん、お母さんが、総じて「人に見られる」という意識を完全に放棄しているスタイルが気になるんですね。10年前はそうではなかっただろうと。お互い異性を気にして、それなりに自分の外形に気を配っていたんじゃないの? って感じです。

 それが年をとると、そういった自意識が当たり前のように希薄になっていくのがパターンとして確立されてしまっている。いったいこれは何故なのだろうかと考えてみました。みんななんでこのパターンに抵抗しないのかなあと、個人的に不思議に思ったりもするわけで。

 まずなぜ人がおしゃれをするのかというと、いろいろ細かい理由はあれど、一番大きな理由は「異性によく見られたい」からでしょう。つまりモテたいわけです。自意識がある程度緊張感を保っている状態ともいえます。この自意識が高ければ高いほど人間は己の外形をよく見せようと努力するわけです。ナルシストといわれる人たちは、その自意識が必要以上に高い人と考えればいいでしょう。まあどちらにせよ、この自意識が高い人たち、つまり若者や芸能人といった人たちは、常日頃から自分磨き(この場合は外見上での)を怠らずに生活をしているのです。いうなれば彼らは獲物を狙うハンターですよ。自分の外的魅力を磨いて、獲物をゲットするわけです。そのためには常に臨戦態勢におらねばならず、よってその自意識指数は常時高い数値を示しているのです。

 ところがそういった高い自意識指数をもっていた人も結婚をし、子供が産まれたりすると、急激にその指数が下がるんですね。これは伴侶というパートナーを確保したために生じる安心感が大きな原因でしょう。つまり彼らはもう狩りを放棄してしまったのです。ハンターじゃなくなっちゃったんですよ。もう異性をムリに獲得する必要がなくなってしまったため、今まで自意識に割かれていたエネルギーが、家庭を存続させること、生活を守ること、子供を教育することに分配されてしまうんです。だからみんなあんなブヨブヨした体になっちまうし、着ている水着もどうでもよくなっちまうんです(と思うんだけど)。

 もちろん年相応という考え方は大事です。いい年してギャルと同じようなキワドイ水着を着るオバハンも困ります。ただもう少し「見られる」という意識を確保しつつ年をとれないかなあと思うわけですよ。つまり成り行きにまかせるまま増加した体重をなんとかするとか、色気もクソもないようなファッションから少しだけも脱却するよう努力するとかです。もっとナルシストになってほしいんですよ、オヤジ・オバハン層に。じゃないとみんながみんな同じパターンばかりで、正直つまんないです。年をとることが。

 とまあエラそうなことを声高に主張してしまいましたが、オレ自身人のことはいえないです。最近は整髪料で髪形を整えることがめんどくさくなってきましたからね(笑)…オレも頑張るから、同世代のみんなも頑張ってね。いっしょにカッコイイ中年になろうよ。

(2005年7月17日)

 

 

 

 

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