ピコピコの謎

 この間職場の後輩の兼子くん(仮名:男性)と、帰りに大盛り上がりになった話です。

 お互い学生時代にはファミコンにハマった口で、勉強そっちのけで毎日毎日飽きることなくゲームをしていました。そのけじめのないプレイぶりに両親が激怒するにはそう時間がかかるわけもなく、子どもにとっては痛恨の「ファミコン禁止令」が発布されたものです(笑)。これを読んでいる方々も、同じ憂き目にあった方が少なからずいるのではないでしょうか。本体を隠されたりしちゃって。幼き日のトラウマですよね。

 兼子くんも同じような目にあったことがあるそうです。また、お互い親父に怒られたときの言葉が

「毎日毎日ピコピコピコピコやってるんじゃない!!」

で一致しているんです。そうなんです。オレらの親父の世代にとっては、「ピコピコ=TVゲーム」という認識でなぜか一致しているんですよ。ピコピコがTVゲームの代名詞になっちまってるんです。これにお互い大爆笑しちゃったんですけどね。

 最近でこそTVゲームは市民権を得、大人の嗜好者も多数存在するジャンルになったのでそんな表現が代名詞になることはないと思いますが、ゲーム音楽がまだまだチープであったあの時代に、「ピコピコ」という表現がゲームの代名詞になることは、オレと同世代の方ならなんとなく理解できると思うんです。

 ただここで大きな疑問に到達したんですよ。なぜゲームの擬音表現が「ピコピコ」なんでしょうか? 50音ある(濁音、半濁音を含めればもう少し多いけど)日本語の音表現で、なぜ「ピ」と「コ」が選抜されたのでしょうか? しかも「ピコピコ」には、その擬音表現に対して反論をまったく許さないほどの、圧倒的な説得力があるのは一体どういったことなんでしょうか?

 「ピコピコ」がゲームの擬音表現として、圧倒的な説得力がある証拠としては、オレと兼子くんの親父二人が、共通してこの表現で怒号を飛ばしたことでもわかります。まったく他人の二人が、違う場所で、違う時間軸で、寸分たがわぬ擬音表現をしているのです。

 例えば「ワンワン=犬」、「ピーポー=救急車」というのも、同様に説得力のある擬音語として認知されています。しかしこれらは本、テレビ、会話などから日本中に伝播されるのに、非常に長い時間を費やされたからこそ、その認知率が100%に近くなったわけです。しかしこの「ピコピコ」にはそのような時間がありませんでした。それだけにこの「ピコピコ」という擬音表現は、人間が感じる音感をあまりに巧みに言語表現として捉えていたからこそ、ここまで認知されたといえるわけです。

 となると、当時のゲーム音楽には、多くの人間の脳を介しても、なぜか「ピ」と「コ」に変換させてしまう魔力があったとしか考えられないんですよ。そうでなければ複数の人間が同時に「ピコピコ」という表現を使用する説明がつきません。

 ネットでこの件について研究をしているサイトがないか検索してみたんですが、ちょっと見つからなかったので、科学的にはどういう秘密があるのかは残念ながらわかりませんでした。ただこの話が盛り上がってからは、「ピコピコ」という表現を聞くと、アナログ時代の最後の生き残りである親父世代の哀愁をなぜか感じてしまって、苦笑してしまうことしきりなんですけどね。親父にとってはどんなに発達したゲーム産業も、「ピコピコ」の一言でかたずけられちゃうんだろうなあ(笑)。

(2004年12月4日)

 

 

 

 

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