チェッカーズの確執について

 みなさんも報道等でご存知でしょうが、元チェッカーズのドラマーだった「クロベエ」こと徳永善也さんが、舌ガンで逝去されました。その送る会において、残り6人のメンバーによる確執が浮き彫りとなったと、こぞって各マスコミが騒いでいたのは記憶に新しいと思います。

 オレは熱烈なチェッカーズファンというわけではありませんが、オレの少年時代からブラウン管のスターであった彼らは、やはり大きな存在であり、影響力があったのはたしかです。そういったグループが、メンバーの死という大きな出来事を通して、その不仲を世間に露出してしまったことに対しては、残念な思いがあります。ここでは彼らの確執について、オレなりに感じたことを書いてみようかと思います。

 彼らの確執の発端が、グループの解散にあるというのは、よくいわれていることです。それが本当かどうかはわかりませんが、おそらく大きなターニングポイントであったことには間違いがないと思います。そしてその確執を決定的にしたのが、昨年メンバーの一人である高杢禎彦が出版した自身のガン体験告白本だといわれています。

 オレはこの告白本を本屋でさーっと立ち読みしたのですが、ガンを乗り越えた闘病生活をメインに、過去チェッカーズで体験した事件・エピソードを挿入するという内容になっていたかと思います。ただこの告白部分がある種暴露本めいていたのは確かであり、他のメンバーを悪く書いている点も多少みられました。このあたりが更に亀裂を大きくしたのは想像に難くありません。

 ではどういったグループに分かれてしまったかというと、藤井フミヤとその弟の尚之、リーダーの竹内亨、そして大土井裕二(便宜上こちらを『フミヤ派』とします)のグループと、高杢禎彦、鶴久政治(『高杢派』としましょう)のグループです。前者である『フミヤ派』はクロベエの送る会の発起人となりましたが、『高杢派』の二人は発起人になることを拒否されたのです。元メンバーの追悼儀式においてまでこういったあから様な疎外を受けては、この2つのグループにはかなり深い溝ができているといわれても仕方がないでしょう。

 オレはこの確執は、高杢とフミヤが幼稚園からの幼なじみであることに大きなポイントがあると思います。高杢の告白本によると、彼は幼稚園の頃から体の大きい、ガキ大将だったそうです。つまり力で周りを押さえつけることができたみたいです。中学時代では不良軍団の番長にまでなったらしいので、かなりのワルだったのでしょう。

 それにひきかえフミヤは体の小さい(大人になった彼を見ても簡単に想像がつきますが)、どちらかというと大人しい子どもだったそうです。ただこの二人は幼なじみだったため、少年時代もずっと一緒に行動していたらしいです。かたや番長、かたや大人しめのチビ。当時の力関係は想像に難くないですね。まさにジャイアントスネ夫の関係そのものだったでしょう。おそらく高杢はフミヤを舎弟のように思っていただろうし、フミヤは高杢を恐れていたに違いありません。表面上はそうではなくても、心の底では怖かったと思います。

 つまり幼少年期における彼ら二人の関係は、圧倒的に高杢がイニシアチブをもっていたのです。高杢自身にはフミヤを怖がらせたつもりはなくても、フミヤにとっては怖い番長です。この辺に意識のズレが生じてきます。高杢が想像している以上に、フミヤは彼を恐れていたのではないのでしょうか。

 しかし高校に進学し、彼らがバンドを組み始めると、立場が逆転してしまいます。ボーカルのフミヤはその歌唱力とルックスで人気者になり、高杢との差が顕著になってしまいました。チェッカーズとしてメジャーデビューしてからもその差は縮まることはなく、正直な話、チェッカーズ人気はフミヤ人気におんぶにだっこであることは、失礼ながら誰の目にも明らかでした。

 こうなってくると、フミヤの心境はどうでしょう。自分の実力、人気は明らかに高杢よりも上であることを認識します。子どものころは怖くて仕方なかった高杢に対しても、その人気の集中度が彼に集まるほど、高杢への恐怖心が薄らいでいったことでしょう。ましてやお互いに大人になったため、昔のように腕力に怯える必要性もなくなりました。こうなるとフミヤにとっては、「昔のフミヤは泣き虫で〜」といったような過去の話をする可能性のある高杢は、正直煙たかったかもしれません。

 逆に高杢の方としては、人気の面ではフミヤに一歩譲ってしまったことは自覚していたでしょう。しかし彼にとってのフミヤは、幼稚園時代からのフミヤのイメージそのままなので、フミヤの心境が上記のように変化していたとしても、それに気づくのは難しかったかもしれません。高杢にとっては、フミヤはやはり舎弟であり、弟分という意識が、たとえ本人が否定したとしても、体の中に染み付いていたのではないのでしょうか。本人の自覚しないところで、そういった言動・態度が出てしまうこともあったでしょう。このことは、高杢自身が自覚できないために、フミヤにとってはそれこそストレスの一端になりかねません。高杢の気づかないところでフミヤが気を悪くしていたことがあったかもしれないのです。そこら辺の意識のズレは大きいと思います。ただこういった事実が仮にあったとしても、高杢を責めるのは少し酷です。本人に悪気はないのですから。

 高杢がその告白本で、自身の体験を純粋に世間に公表したかったのか、それとも金儲けが目当てだったのか、それはわかりません。まあどんなキレイ事をいったとしても、人間ですからお金儲けは当然のこととして、7:3くらいの割合だったのではないでしょうか。おそらく彼はまっすぐな人間なんだと思います。告白本に書いた内容というのは、彼の記憶する過去に対する正直な気持ちなのでしょう。彼はフミヤからチェッカーズを解散すると一方的に言われた(と、彼は感じている)ときに、メンバーの中で一番憤慨したそうです。そりゃそうですよね。フミヤ人気におんぶにだっこであるチェッカーズが解散したら、その後どうなるかなんてことは、おおよその予測がついたでしょう。サザンの桑田圭佑が、ミスチルの桜井和寿が、突然「解散しよう」と言うようなものだからです。とくに高杢はフミヤに対して精神的に対等だと思っているので、「おい、そりゃあなんだ。ちょっと待てよ」と、いうのはよくわかります。しかしフミヤにとっては、その高杢の幼なじみゆえの馴れ馴れしさがうっとうしくてしょうがないわけです。しかも彼にはソロでも十分やっていける自信がありました。今さら高杢にガタガタいわれても、昔のように恐れる必要がないのです。

 こうしてフミヤ派と高杢派、いや、もうフミヤと高杢といってよいでしょう、の亀裂は深くなったのだとオレは思うのです。どちらが悪いかというのはちょっとわかりません。こういった視点で考えると、彼らが幼なじみゆえに、こうなることは必然だったように思えるからです。高杢はいつまでも対等の友達として、フミヤと一緒に仕事をしたかった。しかしフミヤは高杢の呪縛から解き放たれたかった。お互いの意識がどんどん平行線になっていくことに、高杢は気づかなかった。もしも少年時代に高杢がジャイアンでなければ、フミヤがスネ夫でなければ、幼少期から対等な関係でさえあれば、こんなことは起きなかったようにオレは感じるのです。

 現在高杢の告白本をフミヤが「デタラメな本」といったということで、「告訴の手段もある」と高杢(の事務所か?)が言っているようですが、これもちょっと悲しいですね。いくら高杢サイドが「あくまで告訴は選択手段のひとつ」と主張しようとも、嫌がらせ、もしくは脅しであると捉えられかねません。自身の著作本がけなされたと憤慨するのもわかるのですが、これは明らかに高杢の失言といっていいでしょう。自身の株を下げているだけです。しかもオレの知る限り、フミヤが「デタラメな本」といったわけではなく、「デタラメな本だから読む必要ないよ」と、フミヤが第三者からいわれたに過ぎません。ただどんな内容かは知らされていたでしょう。それが自分としては一番触れられたくない、「高杢がフミヤよりもイニシアチブをとっていた」という過去を暴露されてしまっているだけに、余計に憤慨しているのかもしれません。

 そう考えると、両者が和解するのはかなり厳しいかもしれませんね。ただクロベエの墓前だけでも、大人の態度で6人並んでほしかったです。クロベエも仲直りしてほしかったみたいですしね。とても残念です。

※ちなみに鶴久政治がなぜ高杢派なのかはいまだによくわかりません(笑)。人がよさそうだから、孤立する高杢をほっとけなかったのかなあ?

(2004年9月20日)

 

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