序 章

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終章

 『キン肉マン』がおもしろいと思った。それまで少年マンガ誌というものは、暴力的であったり、流血があったり、言葉遣いが乱暴であったりというイメージから敬遠しがちであったが、友人の家で『ジャンプ』を読ませてもらったとき、そう思った。今までは食わず嫌いだったのだとわかった。この小学5年の秋に、私は『ジャンプ』の洗礼を受けたのである。

 それから丸12年、私は『ジャンプ』とともにここまで成長してきたといっても過言ではないくらい、『ジャンプ』との付き合いを続けてきた。読み始めた当時は、まさか卒業論文の題材にするまでになるとは夢にも思わなかったが、何の因果かそうなってしまった。

 しかしいざ文章を書いていると、12年間愛読してきた雑誌の論文を書けるチャンスに巡り会えたことがとても幸運であり、それがいかに駄文であろうとも、感慨深いものだということを感じた。

 私は『ジャンプ』と一緒に育ってきたから、発行部数の上昇もリアルタイムで感じてきたし、『ジャンプ』の戦略やマンガの特徴などはそれなりに詳しいと思っていた。しかし今回内容分析を行うことにより、今まで気づかなかったことに気づいたことも多い。キャラクターの性格が現実的なものになり、その舞台背景もフィクション性の薄いものになっていることに、思ったよりも暴力表現や性表現が少なかったことに、そして何よりも“売れる雑誌”作りのために、マンガ自体がアートではなく、徹底的に商品化してしまっていることに。

 そして650万部という影響力の強さ。『ジャンプ』を媒体とすることで、どれだけの2次的商品ができあがり、様々な場所に利益をもたらすのか。もはや『ジャンプ』は新聞に次ぐ、子供たちの情報発信基地になっているのである。そしてその電波は大人でも受信でき、そのエリアを増やしつつあるのは、電車の中で『ジャンプ』を読んでいる大人の多さをみれば一目瞭然であろう。何よりも私自身が“ジャンプ離れ”できていないではないか。

 それだけ思い入れがあるだけに、私は『ジャンプ』が海を越え、日本の文化として受け入れられることが嬉しいのだ。それは自分が12年間かけて後押ししてきた「文化」だからだ。それだけに堀江信彦編集長の「胸を張れ!」という発言には手放しで共感できるのである。

 活字なんて誰でも書ける。タレント本の多さを見れば良く分かるだろう。だがタレントや有名人でマンガを出した者はいない。それだけマンガというメディアがクリエイティブな分野だということだ。

とは、亀有公園前派出所の両津勘吉巡査長の名言である。これからも、マンガでも活字でも良いものは良いと認めていきたい。

 ただ今回の論文では、私自身が『ジャンプ』の愛読者であるがために、あまり問題点というか、批判めいた文章を書くことができなかったように思う。客観的にみようと努力はしたものの、やはり肯定的な見方をしてしまったことは否めない。また、今回できなかったことに

・アンケート調査による子供と大人の『ジャンプ』の捉え方の違い
・『ジャンプ』に対する男女の捉え方の違い
・大人読者の意識調査

などがあり、今後こういった調査機会があればやってみたいし、もしこれから『ジャンプ』をテーマに論文を書く方がいるのならば、ぜひやっていただきたい。

 そしてほとんどの方の敬称を略した非礼を、この場を借りてお詫びいたします。

平成6年12月14日  アキラ

 

 

 

 

 

  

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