就職戦線異常おおあり

 オレが就職活動を始めたのは、大学3年の2月後半くらいからだった。当時はすでにバブルが吹っ飛び、現在なお進行中である「就職氷河期」に突入していた。マスコミ報道や、先輩などから「大変だ」とは聞いていたが、なんとかなるだろ、と軽く考えていた。

 しかし!現実は無残にも、その予告どおりオレを襲った。内定がとれないのである。いや、ホントにとれない。冗談ぬきでとれない。あの頃はインターネットやメールなんて普及していなかったから、リク○ートから送られてくる情報誌についているハガキで希望する企業の資料を請求し、説明会のアポをとる、というのが主流だった。女の子なんて、ハガキを送ったけど企業から返事がこないとか、リクル○トの情報誌すら届かない、なんていう、あからさまな就職差別があったらしい。

 オレはマスコミ(主に出版社)を狙っていたのだが、講談社や集英社や小学館などの超大手出版社には、当然のように歯牙にもかけてもらえず、慣れないスーツ姿であくせく動いているうちに、梅雨はおわってしまった。この頃になると、説明会のアポをとった企業の持ち駒も少なくなり、そろそろ弾込めせにゃまずいと思い、いそいそと大学の就職センターに出向いた。もはやマスコミだけに固執している時期ではなかった。

 求人案内のファイルをペラペラとめくり、いくつかの企業をメモっていると、オレの目にある企業の名が入ってきた。

「サンウェーブ出版(仮名)」

 お?出版社か、と思い、出版社ということだけで一応チェックしておいた。すでに他業種にも触手をのばしているとはいえ、もともとマスコミ志望なのだ。話をきいて損はあるまい。

 「サンウェーブ出版」の説明会は、東京の本郷で行われた。夏の日差しが容赦なく、スーツ姿のオレに浴びせられていたのを覚えている。
 指定の場所は、こじんまりとしたビルだった。どうやらここが本社らしい。来意を告げると、受付の人が、会議室(さほど広くない)に案内してくれた。そこにはオレと同じようなスーツ姿の人が、すでに10〜15人くらい座っていた。中には女の子も数人いた。みんな緊張の面持ちだ。

 開いている席に腰を下ろし、少し待っていると、担当者らしき男性があらわれ、

「もう少しお待ちください。その間、わが社の発行している雑誌に目を通していてください」

と、何冊かの雑誌を各々に配っていった。その瞬間、会場の空気は凍りついた。

スーパー投稿塾(仮名)』『エロランド(仮名)』『若妻のしたたり(仮名)』『クロスワード・パズル(仮名)』おねがい!先生!(仮名)』『CDブック「幼馴じみ」(仮名)』『ナンパ写真館(仮名)』『ナースの休憩(仮名)』『競馬野郎(仮名)』OL−もう一つの顔(仮名)』『緊縛(仮名)』『解剖!コギャルの実態(仮名)』

このような、男だったらお世話になったこともあろう種類の雑誌や、それ以上のマニア街道驀進中の雑誌が、あられもなく配られたのである。

 この瞬間、オレは自分の軽率さを悔いていた。いくら出版社だったからとはいえ、いくら内定がとれないからあせっていたとはいえ、もう少しどんな種類の本をだしている出版社か、調べておくべきだった!すぐにでも立ち去りたい気分になったが、それではあまりにもこの出版社に対して失礼だし、自分の確認不足であったことも否めなかったし、なによりも「こんなシチュエーションは人生で滅多にない」という好奇心から、もう少し話を聞いてみることにした。

 可哀想なのは数人きていた女の子である。オレの後ろに座っていた女の子2人組が、ヒソヒソ話でこうつぶやいた。

「ここってひょっとしてエッチなところなんじゃないの?」

そーなんだよっ!ここはエロ本出版社なんだよ!ご明察!!

オレは心のなかで彼女らに答えていた。かなり大きな、心の声で。

 彼女らもオレと同じミスを犯したのだろう。突然の展開に動揺し、急にソワソワしだしたのが、手にとるようにわかる。ホントに気の毒だと思ったが、笑えた。

 「わが社の雑誌に目を通せ」といわれても、こんなエロ本、あからさまに目を通せないっつの!どうしてもエロ本の中になぜか紛れている『クロスワード』や『競馬野郎』に、自然と手が伸びる。競馬なんて興味ないのに。

 すこし間をおいて、例の担当者がまたあらわれ、地獄のような待ち時間が終わった。ようやく本番である。社長だか部長だかの会社説明が始まった。

「わが社は主に男性をターゲットとした・・・であり、・・・といったジャンルで・・・新しい娯楽の・・・」

 要はエロ本で男性を楽しませましょうということを、なにやら小難しく語っていた。ある程度説明が終わると、担当者が

「なにかご質問がありましたらどうぞ」

と聞いてきた。会場はすでに凍りついていたので、誰も挙手しない。またもや重苦しい空気が漂う。「誰かこの間をもたせてくれ〜」と願っていると、一人の勇者が手を挙げた。

「女優さんの撮影のとき、スタジオやカメラマンの手配をすることもあるのでしょうか?」

たしかこんなような質問だった気がする。とにかく場はもった。質問コーナーをなんとか乗り切り、担当者が

「では以上の説明を聞いて、もっと詳しく話を聞きたいという方は、残ってください。そうでない方はお帰りになってもらって結構です」

というと、後ろの女の子を筆頭に、クモの子を散らすようにみんな退出した。オレもこれ以上は深みに入れないので、残念ながら退散した。今考えると、ネタのためにもう少し粘ればよかったと、深く反省している。

 ここで一言いっておきたい。オレはエロ出版社で勤務している方を軽蔑しているわけではない。それどころか、世の中の汚れ役を買って出てもらっている、素晴らしい人々だと思う。あなた方がもしいなかったら、全国何千万人の男性が困ることだろう。

 ただ・・・ただ、オレはまだ自信をもって「オレの仕事はエロ本づくりです」といえるだけの、人間的度量が備わっていません。ゆえに「エロ本出版社勤務」という肩書きは重すぎます。こんなヘタレなオレこそ軽蔑されるほうです。

 なんだかよくわからなくなってしまったが、この日は「性産業を企業的に経験する」という、とても貴重な一日であった。

(2003年11月30日)

 

 

 

 

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