謎の先生

 オレの大学のときのバイトは、主に家庭教師だった。家庭教師は時給がいいわりに、時間の融通もきき、さらに休憩時におやつまででてしまうという、なんともおいしいバイトであった。

 大学2年が終了した、春休みのこと。ヒマを持て余していたオレは、何気に『マリオブラザーズ』(スーパーではない)で、まさに60面を突破しようとしていた。そのとき、一本の電話がかかってきたのである。それは千葉で学習塾を経営している、おばからであった。

おば「アキラくん、今夜は時間あいてるの?」

 突然おばは、オレの予定を聞いてきた。時計を見ると、午後4時をまわったくらいだった。マリオをやっているくらいヒマだったので、正直に答えた。

オレ「いや、とくに予定はないですけど」

おば「ああーよかった。これからウチにきて、先生やってもらいたいのよ」

は?なんですと?

 あまりに突然のオファーだったため、オレははじめ、おばが言っていることの意味がわからなかった。どうやら国語の先生が急病かなにかで休んでしまったらしく、代任教師を探していたらしい。しかし代わりを頼んだ人にことごとくふられ、切羽詰った状態で、オレに話をふってきたわけである。

オレ「いやいや、オレ塾講師なんてやったことないっすよ」

おば「たしかバイトで家庭教師やってるんでしょ?大丈夫、大丈夫!」

オレ「でも複数を相手に講義なんてしたことないし・・・」

おば「もう誰もおらんのよ。助けるとおもって、ね。バイト代もだすし。ほら、こういう経験しておけば、大学のゼミの発表の練習にもなるし」

オレ「・・・はあ、そんなもんすか」

おば「じゃ、決まりね。授業は7時からだから、6時までに家に来てくれる?あ、あと汚い格好で来ないでね。スーツとかブレザーとかを着て、ネクタイ締めてきてちょうだい。うちの塾は、バイトつかってないことになってるから

 おばは相当困っていたらしく、言いたいことを言うだけ言って、電話を切ってしまった。塾講師とゼミの発表の関連性や、つかってはいけないはずの大学生バイトを、良心の呵責の片鱗すら見せずに、簡単につかってしまうことなど、突っ込みどころはたくさんあったが、とりあえず引き受けさせられてしまった手前、しぶしぶとタンスの中をひっくりかえした。

 突然スーツだとか、ブレザーだとか言われても困るんだよねー。大学生がそんな服などもっているわけないし。なんとか成人式のときに着用したダブルのスーツを発掘することに成功した。

 さらに困るのがネクタイである。オレはずっとツメ襟学生服だったので、ネクタイの結び方がよくわからなかったのだ。時間もないので、適当にクルクル巻いて、家を出た。

 電車のなかでも、不安はつのるばかりだった。あまりにも心の準備をする時間がなさすぎる。練習もなしの、ぶっつけ本番だけに、精神的なプレッシャーはますます強くなっていった。そうすると、いらん想像が頭の中に浮かんでくる。

オレ「こ、こんにちはー。わ、私は○○先生の代理できた、アキラ先生でーす」(しどろもどろ)

生徒「先生は恋人とかいるんですかあ〜」(ちょっとおませな女子)

オレ「そ、そんなことはじゅ、授業に関係あ、ありませんよ!」(動揺)

生徒「あ〜、いるんだあ。ねえ、かわいい?」(小憎たらしい!まわりはヒューヒュー!合唱!)

オレ「き、君ね、私語は謹んでくださりますか?」(何語?しかも自滅!)

そして授業は崩壊していく・・・

 もしくはこんなパターンでは・・・

オレ「・・・わかったかな?ここまでは」(チョーク片手にキリっと振り返るオレ)

生徒「なに言ってるかわかりませ〜ん」

生徒「なーんか○○先生のほうがわかりやすいよねー」(グサッ!)

生徒「そーだそーだ!」(便乗!?)

オレ「いや、その、えーと、どうしようかな。じゃ、じゃあ・・・」(思考停止)

 というような、悪いイメージが浮かんでは消えていった。

 おばの家に着き、詳しい情報をききだした。担当は中学1年生の国語。よかった、中3とかじゃなくて。内容は「自動詞と他動詞」。自分がこの単元を習ったときのことを、頭をフル回転させて思い出す。あのとき、先生はどんな風に教えてたっけ・・・?

 それと問題集の解答の暗記。これでポカしたら、威厳もクソもあったもんじゃない。塾の講師控え室に入っても、ずっと問題集のチェックをしていた。すると、同僚の講師が、

「そんなん、テキトーでいいっすよ」

と、植木等ばりの無責任発言をかましてくれた。これをオレは「オレをリラックスさせるための方便」と、肯定的に解釈してあげた。実際、そのままの意味だった確率が高かったが。

 7時になり、オレの先生デビューは幕を切って落とされた。教室に入ると、みんながオレに注目している。オレはガムシャラに話した。チョークもうなる!相手がオレの話を理解してるんだか、してないんだかはもう、問題外だった。とにかく体裁さえとりつくろっとけ!ってなカンジであった。

「何か質問は」

なーんて一応聞いてはみたが、心の中では

質問するなー、質問するなー、質問するなー、質問するなー、質問するなー

と、子どもに対して邪念を送り続けた。そして・・・疾風のごとく、契約の2時間は過ぎた。

 とりあえず大きな事件は起こらず、オレのエセ先生タイムは終わった。精神的重圧から逃れられたオレは、抜け殻のように家に帰った。その後、オレは二度とおばの塾で教鞭をふるうことはなかった。担当した生徒にとってオレは、まるでマリオの隠れキャラの如く突然現れ、消えていった。

 そしてきっと彼らはオレをこう呼んだのだろう。

謎の先生」と。

(2003年12月29日)

 

 

 

 

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