竹内くん(仮名)

 正直、オレは英語が苦手である。中学レベルの文法は問題ないが、高校に入ったとたんに訳がわからなくなった。テストの長文読解なんて、そりゃもう謎の古文書を解読する大学の教授なみに苦労したものだ。

 しかし日本人は6年間(中高として)もこの言語を勉強しているというのに、なんでこんなに喋れないもんかね。こんだけ勉強すりゃ、第二母国語として使用できるくらいになるでしょ、普通だったら。しかし現実はそうではなく、街で外国人に話しかけられりゃドギマギする始末。この体たらくぶりの根源は、いったいなんなのだろうか。

 今回の話はその原因を鋭くえぐりだす、中学時代のヒトコマである。

 中学に入学すると「英語」の科目がふえる。おそらく大半の生徒が、このとき初めて「英語」という外国語にふれたことだと思う。最近の中学での授業内容はよくわからないが、オレの時代はだいたいこんな内容であった。

・教科書を読む
・単語のかきとり
・文法の解説
・練習問題

単元ごとに、このくりかえしだったと思う。単語の正確なスペル表記や、文法の解釈が主に重視されていて、発音や読み、会話ははっきりいってどうでもよかった。

 まず誰かが先生に指名されて、その生徒が教科書を読む。このときその生徒は大抵

「ディス イズ アン アップル」

というように、カタカナ表記丸出しの読み方をする。初めて体験する外国語だ、そうすぐに流暢に話せるわけがない・・・という建前である。しかし竹内くん(仮名)は違った。

 先生に指名された竹内くんは、

「ディス イズ アン アップル」

と発音をした。基本である。しかしそのとき先生は、竹内くんの発音にダメだしをしたのである。

「竹内くん、もう一回やってごらん」

というので、竹内くんは

「ディス イズ アン アップル」

と、同じように繰り返した。すると先生が

「もっとよく聞いて。先生のあとについて読んでごらん。ディス イズ アン アポゥ

ロックバンドのボーカルよろしく、自分のリピートを要求したのである。このとき、竹内くんはカタカナ発音を押し通せばよかったのである。しかしここで素直に従ってしまったのが、彼の悲劇のはじまりだった。

「ディス イズ アン アポゥ

ここで教室に爆笑の嵐が巻き起こった。エセ外人のような竹内くんの発音に、みな吹き出してしまったのである。しかし悲劇はまだとまらない。

「ノーノー、アポゥ

と、先生がまだ要求するので、竹内くんはつづいて

アポゥ

と、下あごを突き出してリピートする。教室内の爆笑は、さらにヒートアップした。まったくもって、竹内くんには気の毒だった。この事件が彼のトラウマとなり、その後の彼の人生に大きな影響をおよぼしていなければいいのだが。

 実はこの一件に、冒頭で述べた「英語の苦手な日本人」の理由が凝縮されている。

 まず日本人には「外国人コンプレックス」というものが、脈々と流れている。これは長らく鎖国体制をとってきたツケなのか、明治維新で外国をお手本に、西洋化を急ピッチで進めたしわ寄せなのか、はたまた太平洋戦争での敗戦が原因なのかはわからないが、とにかくコンプレックスをもっている。これは都市部よりも、田舎の方が顕著だと思われる。

 このコンプレックスが邪魔になり、ネイティヴに近い発音を抑制する。ようは恥ずかしいのだ。なぜ教科書を読むとき、カタカナ表記丸出しなのか。これはおそらく

「ヘタに英語っぽく発音すると、『な〜に気取ってやがんだよお〜』と、笑われる」

という意識があるからだと思われる。竹内くんは、これにはまってしまった。

 正確な発音をすると笑われる。これは英語教育における、おおきな弊害だ。英語を中学からカリキュラムに入れるという、文科省の大きな失敗でもある。中学といえば13歳。思春期まっさかりである。こんなナイーブな年齢で、恥ずかしげもなくネイティブの発音なんて、できるわきゃない。

 そして文法・スペル中心の教育。こんなんあとからでいいって。スペルも一文字書き間違えたらバツ。そんなケツの穴のちいさい教育をしているから、日本人は6年も英語を勉強しているのにちっとも話せないのだ。

 そう考えると、英語教育は恥ずかしさを覚える前の段階、つまり幼児のうちからやるしかない。それも日常会話をガンガンやらす。文法、単語のスペルなんていらない。

 あと、発音に則しないカタカナ表記もやめるべきだ。なるべく原音に近い表記を心がける。例えば『少年マガジン』ではなくて、『少年マグァズィィン』とする。そうすれば、

「なー、昨日の『マグァズィィン』読んだ?」

「ああ、一歩すげえな!。やっぱ『マグァズィィン』はおもろいよなー」

なんていう、中学生の日常会話が聞けるはずである。普段からこうしとけば、思春期でも恥ずかしくない。文科省は、早急な意識改革が必要である。

 以上のようなことからみても、竹内くんの一件は、オレにとって日本の英語教育を非難するまでに発展した、とても大きな事件であった。でもネイティブ発音の若者が増えたら増えたで、

こしゃくな・・・

とか思うんだろうなー。

(2003年12月13日)

 

 

 

 

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