レスキュートイレット

 

 生来のうんこたれである。新陳代謝が激しいのか、腸の活動が活発すぎるのか、食えばすぐ出る体質だ。便秘も困るが、多便も辛い。「効き目が長いから1日2回」なんて中山美穂のセリフも疎ましくさえ感じる。1日1回で十分である。この多発する便意にはさすがのオレも困ったもので、死にそうになりながらガマンすることも少なくない。以前電車で新宿〜青梅間をガマンしたときは辛かった。顔は青ざめ、足はガクガク震え、汗びっしょり。はたから見れば、なんとも落ち着きがなく見えたことだろう。

 便意というものには周期があって(図1参照)、ズンズンズンと近づき、「うっはー! もうダメだあ〜!」という山場があり、それを乗り越えるとひと時の安らぎタイムが訪れる。しかし油断は禁物である。すぐにまた山場は訪れ、耐え忍ぶ。それの繰り返しである。なんとか青梅に到着したとき、オレはすでに廃人同様であった。

 このような危機が繰り返されると、人間という動物はその対応策というものを講じるものだ。つまり危機が訪れる前に出しちまえという、単純明快な理論である。ただこの対応策が裏目にでてしまったことがある。今回はその時の話をしてみよう。

 大学受験を控え、予備校の模試を受けたときのことである。午前中の科目は何事もなく過ぎ、オレは昼食をとった。当然のことながらオレは便意を覚え、トイレに直行。午後の試験中にもよおすという最悪の事態を避けるための対応策である。

 試験会場であったT京電機大学はおもしろい造りをしていて、各階の間にトイレが設置されていた。1.5階、2.5階といったように、階段の踊り場のところにトイレがあったのだ。そしてその日は交互に男子用、女子用となっていたらしい。つまり1.5階が男子用ならば、2.5階は女子用、3.5階は男子用といった感じである。“らしい”というくらいだから、当時のオレはそれに気づいていなかったわけだ。

 さて、さっさと処理をしてしまおうと、本能の赴くままにオレはトイレに向かったのだが、そこはオレと同じ考えの男どもでごった返していた。なんとうんこたれどもの多いことかと思い、仕方なくオレは階段を降りて、一階下のトイレに向かった。そこには誰もいなかったので、「チャーンス!」とばかりに出入口付近の一室(図上@)へ駆け込んで、カギをガチャリ……もうわかったと思うが、この時オレは大きなミステイクを犯していたのである。男子用・女子用のトイレが交互にあるのなら、男子用の1階下は、当然女子用である。哀れ、知らぬ間にオレは女子トイレに入ってしまったのだ! ここからオレの最大の危機が始まったのである。

 オレはまだ事態の重大さに気づいていない。「次の国語は漢文があんまりでなきゃいいな〜」などとのほほんと考えながらしゃがんでいた。さて、そろそろ拭こうかな…と、トイレットペーパーに手をかけたそのときである。人が入ってくる気配がし、その直後オレは硬直した。

「ねえ、ここ女子トイレだよね?」
「そーよ、だっておもてに貼り紙がはってあったもん」

・・・え? 今なんつった? う、うそだろ、君たちが勘違いしてるんでしょ…って待てよ?そういえばオレ、どっち用か確かめた記憶がないし…しかも貼り紙なんてぜんっぜん気がつかなかったし…まさか、まさか、まさかーっ!この瞬間、オレは初めて己の犯した過ちに気がついた。

なんてこった〜っ!!

 狼狽していても時は流れる。女の子はあろうことか、オレの隣の部屋(図上A)に入ってしまった。やばい…このシチュエーションはかなりやばい。もしも目の前の壁が取り払われたとしたら…へ、変態だ。

 とりあえずオレは冷静になろうと必死になった。そしてよーく考えてみた。今はまだいい。四方を壁に囲まれているから、オレの存在に気づいている人はいない。問題はその後である…ど、どうやって脱出すればいいんだろう? こればかりはどうにも難しいぞ。そうこう考えているうちにもっと女の子が入ってきて、なおさら苦しい状況に陥る愚だけはしたくない。すでに洗面所にも2、3人いるらしい気配がする。これは即断・即実行が迫られる。

 この時オレのコンピューターが弾き出した答えは「とにかくダッシュして逃げろ!」であった。とりあえず次の試験が始まるまで粘りまくり、人の気配が消えるまで待つという堅実な方法もあるが、何十分もハラハラして待つのも辛いし、なにより次の試験に遅れてしまうのが気に食わない。本当は「あっはっは。まーちがえちゃったよ」と、洗面所にいる女の子の肩をポーンなんて叩きながら明るく退場するくらいの度胸が欲しいところだが、さすがにそこまで肝は据わっていない。

 しかしダッシュして逃げる方法もタイミングが全てである。出入口で、これからトイレに入ろうとする女の子と鉢合わせするのだけはゴメンだ。こればっかりは運を天にまかせるしかない。幸いなことに、オレは出入口に一番近い個室に入っていた。これは精神的に少し助かった。とりあえずGパンをはいて呼吸を整える。カギをゆっくりとはずし、ドアをほんの数ミリだけ開ける。う〜む、鏡の前に2人もいやがる。人の気も知らずにのん気にてめえの顔など見やがって、ジャマなことこの上ない。しかしこれ以上増えられても困る。一気に行くしかない!!

ガチャッ! バタン! スタタタタタタタタ!

思い切りよくドアを開けたオレは、洗面所にいた女の子の後ろを小走りで走りぬけ、出口に向かった。神よ! どうか鉢合わせだけはカンベンしてくれ……よかった! 誰とも会わなかったぞ! 作戦大成功だ!

 おそらく洗面所にいた女の子も鏡に映ったオレを見ただろうが、一瞬のことだったのでまさか性別の判断まではできなかっただろう(と、思いたい)。「あら? 手も洗わずに出ていっちゃった。汚いわね〜」くらいは思ったかもしれないが。

 なんとか最大の危機を無事にきりぬけたオレは、何事もなかったかのように階段を上がり、男子トイレであらためて手を洗ったのである。この18歳にして女子トイレで用を足すという偉業? は、オレ史の中で燦然と輝く一大事件として今でも深く刻み付けられている。

(2005年9月11日)

 

 

 

 

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