恐怖のメドレー

 

 高校2年の夏の話である。夏の体育の授業ということで、当たり前のように水泳の授業があった。ただうちの高校は、1年生が臨海学校というイベントを控えているために、プール使用の大半は1年生であり、2・3年はその合間をぬっての水泳の授業を行っていた。つまり授業のコマ自体は、かなり少なかったのである。

 体育といえども評価は当然あるので、実技のテストというものがある。このときの実技は、100メートルのメドレーであった。そのタイムが成績の評価につながるわけである。100メートルのメドレーということは、バタフライ、平泳ぎ、背泳ぎ、クロールを25メートルずつこなすわけだ。だがここで問題が生じる。

 オレは別段泳ぎが得意というわけではない。人並みといってよいだろう。しかしそれは平泳ぎ、背泳ぎ、クロールの3種目に限ったことであり、バタフライだけは別である。

 バタフライ。両手で同時に水をかき、ドルフィンキックで進んでいくアレだ。何ゆえあんなに疲れそうな泳法があるのかは謎だが、ダイナミックな泳法で、迫力があることは確かだ。しかしあんな泳法は、そうそう簡単にマスターできるわけがない。10人にバタフライが泳げるかどうかきいたとして、「泳げます」と答えるのは、せいぜい2人くらいではないだろうか。それくらい、フツーに日常を生きている人にとっては、縁のない泳法である。

 しかし実技にエントリーされたということは、なんとかそれをマスターしなければならないわけであり、逆にいえば、これがマスターできなければ、そのタイムは散々なものになるということだ。これは「泳げない」などと甘いことをいっている場合ではないのである。なんとしても泳がなければならないのだ。

 しかしバタフライともなれば、それなりの練習が必要だ。ただでさえ1年生のおかげで、授業時間が少ないのだ。一回一回の授業を大切にしなければならないのである。

 ところがその年の夏は、雨が多かった。うちらの体育がある日に限って雨が降るのである。おかげで貴重な練習時間はどんどん少なくなってしまった。やっとのことで、初めてのバタフライの練習をする日がきた。

 まずはドルフィンキック。これができないと、バタフライは始まらない。プールのへりを手でつかみ、キックの練習をする。ある程度練習をした後は実践訓練だ。実際にバタフライで25メートルを泳いでみる。しかしそんな付け焼刃の練習ですぐにバタフライが泳げるわけもなく、両手の運動とドルフィンキックの連携がうまくいがず、はたから見れば、単に溺れているようにしかみえないというとんでもない光景が、そこかしこで展開された。まるで集団で足がつったのかとしか思えないような、それはそれは恐ろしい光景であった。

 オレも果敢にトライしてはみたものの、とてもじゃないが、25メートルも泳げない。もがけばもがくほど、オレの体は沈んでいった。浮上することで呼吸をするのがバタフライのダイナミズムであるはずなのだが、オレは2・3度水をかくと、二度と浮上することはなかった。よって15メートルくらいのところで一度立ってしまうのである。

 …まあ初日からバタフライがマスターできるなんて、誰も思ってやしない。何回か練習すればなんとかなるだろ、と軽く考えていたのだ。ところが。

 気まぐれな夏の天気は、またもや容赦なくオレたちの練習を妨害した。体育の時間の度に雨なのだ。やっと久々に晴れたので、2回目の練習をしようと意気込んでいると、体育教師から耳を疑うような、とんでもない言葉が発せられた。

じゃあ今日はメドレーの実技テストを行います

 ちょっと待った!! 実技テストってあんた、オレたちゃまだ1回しかバタフライの練習をしてないっつの! なんでいきなりテストなんだっつの! しかしオレたちの激しい心の突っ込みなどはおかまいなしに、淡々とテストは実行された。どうやら雨で授業がつぶされていたせいで、もう練習の時間がとれなかったようなのである。

 それにしてもこの仕打ちはひどいではないか。どうしろってんだよ、こんな状態でよ。そうこういっている間に、オレの番がまわってきた。「ピッ」という笛の音で、オレは考える間もなくプールに飛び込まされてしまった。それからはもうとにかく必死だった。己のもてるバタフライ技術を総動員し、とにかく水をかく、水を蹴る! それはもう犬かきの延長でしかない、哀れなバタフライが展開されたのだ。

 かくほどに沈んでいく独特の(?)バタフライは、何度もプールの底に足がつきそうになりながらも、すんでのところで根性で乗り越え、奇跡的に25メートルに達したのである! わけがわからないうちにターンをし、背泳ぎに移行したときは、安心したというよりも、バタフライですでに精根尽き果ててしまっていたために、もうヘトヘトであった。そして平泳ぎ、クロールと死にそうになりながらも何とかこなし、オレは100メートルを泳ぎきったのである。

 いや、泳いだとはとてもいえないな。もし公共のプールでバタフライをやったら、速攻で監視員が飛んでくると思います。溺れてると勘違いしてさ。

(2004年7月31日)

 

 

 

 

次の話にすすむ

波瀾万丈のトップにもどる

高校トップにもどる

トップにもどる