ペナン島旅行記(その1)

〈SCENE1〉旅立ち

 男は成田空港の出発ロビーにたたずんでいた。日本でのハードな仕事でつかれきっていたその男は、安らぎを欲していた。そうだ、南国のリゾートだ。これしか男を癒す術はない。12:30のマレーシアはクアラルンプル行きのJAL。男は8:30の時点で搭乗手続きを終えていた。その早すぎる手続には慎重すぎるきらいがあるが、念には念を入れたほうがよい。男の頭の中では

「ラビザミイイステリイ〜♪」

中森明菜の『北ウイング』が流れていたかどうかは定かではない。

出国者でにぎわう成田。

〈SCENE2〉テイクオフ

 12:10。予定より15分遅れで搭乗となる。男のチケットはもちろんエコノミークラス。今だかつてビジネスには乗ったことがない小市民だ。

「お待たせいたしました。JAL○○○便・・・」

どうやら搭乗OKなようだ。男は座っていた腰を数ミリ浮かした。

「・・・ビジネスクラスからご搭乗お願いします

見事なスカしをくらった男は、そのまま腰をイスに下ろした。結果的にまるでスカしっ屁をしたような行動をとってしまった男が、

「スカされただけにスカしっ屁とは、ポエムだな(笑)」

と思ったかどうかは定かではない。そして飛行機は無事に飛び立った。

〈SCENE3〉クアラルンプル

 マレーシア。東南アジアのマレー半島の南部とカリマンタン島の北部を占める国だ。気候は常夏といってよく、雨が少ない。人種はマレー人、中国人、そしてインド人と混在だ。マレー語が公用語だが、英語は広く通じる。

東西に領地が広がっている。

 クアラルンプルへは成田からおよそ6時間。その間、機内で映画『キャシャーン』を観ていた男が、実はその大半を寝過ごしていたという事実があったかどうかは定かではない。

 クアラルンプル空港はかなり近代的である。そしてキレイだ。下手すると成田よりキレイかもしれない。東南アジアというと、未開発というイメージに縛られていた男が仰天するのも時間の問題であった。

近代的なクアラルンプル空港。

 クアラルンプルでは自力でペナン島行きの国内線に乗り継がねばならない。ここから男は多少難儀することになる。もう日本語は通用しないのだ。頭を英語に切り替える。しかし男の英語の実力が英検3級どまりであり、しかもそのときの面接試験で「climb(クライム=登る)」を「クリムブ」と堂々と読み放った前科があることは、このマレーシアではあまり知られていない。

 入国審査を無事に終えた男は、とりあえず日本円を現地通貨に両替をすることにした。マレーシアの通貨はリンギット(RM)といい、1RM≒30円(2004年現在)である。やや襟足の長い若手銀行員が、無言で両替をしてくれた。ただお金の数え方がなっていない。スーパーのレジのおばちゃんのほうがよっぽどうまい。もっとピッピッと数えて欲しいものだ。

 そのあと男は国内線の入り口を探すが、さっぱりわからない。JTBの「旅のしおり」とにらめっこして不安げな顔をした男に同情したのか、空港の係員が話しかけてくる。

係員「Can I help you?(お困りですか?)」

オレ「あ、アイウォントゥ・・・・」

男は英検3級の怪しいスピーチで道をきく。

係員「・・・・・five・・・・」

ファイブ・・・5番ゲートだな!?なんとか理解した気になった男は、「5」と書いてある方向に向かった。しかしそこはどう見ても「5番出口」であり、このまま進むと空港の外に出てしまう。何か聞き違いをしたと思った男は、またもや係員に訊ねた。

係員「・・・no,no.five floor.(違うよ、5階に行くんだヨ)」

どうやら5番違いだったようだ。だがよく見ると、旅のしおりに「5階に進む」ときちんと書いてあったかどうかは定かではない。搭乗場所がわかった男は一息いれることにし、空港のファーストフード店で晩飯を食べることにした。

 男が注文したのは「ナシゴレン(焼き飯)」と「ミーゴレン(焼きそば)」の2品。そしてよくわからないドリンクを頼んだ。ミーゴレンのほうはものすごい辛さであり、早くもアジアンテイストの洗礼を受ける羽目になった。なぞのドリンクの正体は豆乳であり、逆にこれはものすごく甘かった。これを飲んで坂口憲二が「甘い」と叫んだかどうかは定かではない。

〈SCENE4〉そしてペナン島へ

 21:30。男を乗せた飛行機は、最終目的地であるペナン島へ出立した。スチュワーデスさんの制服が民族チックになり、異国情緒を実感させる。クアラルンプルからペナンへは、北へ1時間ほどである。少しウトウトしていたら、あっという間に到着してしまった。

赤マル印がペナン島です。→ その拡大図です。

 22:30、ペナン空港着。妙に照明が暗い。荷物を受け取り、ロビーに出ると、JTBの現地添乗員が待っていてくれた。ここから車で男の泊まるホテルである『イースタン&オリエンタルホテル』まで送ってくれるのだ。添乗員は中国人の方で、名前を「林(りん)さん」といった。本人は

「林(はやし)とかいて『りん』です」

と、流暢な日本語で自己紹介してくれたが、実は

「『淋病』の『りんさん』か」

と、ものすごく失礼なたとえを男がしていたのかどうかは定かではない。車はホテルに到着し、男は無事チェックインして、初日を終えたのである。

つづく

(2004年9月12日)

 

 

 

 

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