香港空港爆破未遂事件

 オレが入社して2年目のことである。会社が社員旅行で香港に連れて行ってくれた。当時すでにバブルは崩壊していたが、その名残がすこしだけあり、今では考えられない大盤振る舞いだったと思う。まあこの香港旅行を境に海外社員旅行は廃止され、次の国内社員旅行を最後に、うちの会社の社員旅行は終焉を迎えることになるのだが。

 2泊3日の日程で十分に香港を満喫したオレらは、旅の思い出を胸に帰途の香港空港にいた。ああ、楽しかった3日間よ、さようなら。明日からまた仕事に追われる日常が待っているかと思うと、とてもやるせない気分になった。

 そんな気分ではあったが、そういうときはやはり、旅を思い出させるお土産だ。カシミアのVネックセーター。SKY EYESのちょっとシャレたサングラス。GUESSのブレスレット。そしてカンフー胴着とシューズ一式。これは浅草で外国人のお土産用に売っている着物と、立場的には大差がないとは思うが、オレにとってはかなりナイスな代物だった。『らんま1/2』の乱馬が着ている服といえばわかりやすいであろうか。カンフー胴着とくれば、当然ヌンチャクも必需品である。黒いウレタンを巻いた(痛くない)、おもちゃのヌンチャクもセットで購入した。

 そしてなんといっても、Gパンの右ポケットに入っているエロトランプ。誰かが夜の遊戯用にシャレで購入したものが、回りまわってオレの手元に残ったのである。もちろん無修正

 これら最強のお土産陣を手に、オレは香港に別れを告げようとした。だが・・・税関で手荷物チェックを受けているときに、事件は起こった。

 馴れた手つきでオレの手荷物をチェックしていく税関職員。よく顔は覚えていないが、たしか中国系というよりは、フィリピン系に近い、やや神経質そうな面持ちの女性だったと記憶している。テキパキと動かしていた手が、お土産のおもちゃのヌンチャクを手にした瞬間にはたと止まった。

税関「・・・・idftai・・・daporgap・・・・pjkkak・・・・lfgpgkall?」

あまり英語が得意ではないオレは、はじめ彼女が何を言っているのかがわからなかった。

税関「・・・・idftai・・・daporgap・・・・pjkeka・・・lokjoo?」

どうやらこのヌンチャクが問題らしい。オレはひょっとして危険物と思われたのかと思い、

オレ「イッツ トイ、トイ(おもちゃ)」

といって弁明をしたのだが、彼女の顔の曇りは晴れない。見てわかるじゃん、ウレタン巻きのおもちゃだよ!?痛くないよ?・・・?そういうことではないのか?でもそれしか考えられないんだけど。

 こういうとき、コミュニケーションが成立しないというのは、一層心を不安にさせるものだ。オレが彼女に捕まっていることにより、オレの列は渋滞しだし、明らかに後ろの人の迷惑になっているのがわかる。税関をぬけた会社の同僚もオレの異変に気づき、遠巻きにオレに注目しだした。先輩の間垣さん(仮名:男性)がオレにいった。

間垣「なんかあったのかよ?」

オレ「わかんないっす。なんかヌンチャクがどうのっていって」

 彼女はオレにいろいろ質問をしてくるのだが、イマイチ何をいっているかわからないので、困惑した表情を返すしかなかった。徐々に野次馬の人数も増えていき、同僚達は向こうの壁から顔だけを出し、オレの動向をうかがっている。その姿はまさにトーテムポール。場の空気がヤバいことになってきたとアセりはじめたオレに対し、間垣さんはこう言い放った。

間垣「アチョーっていってやればいいんだよ!

・・・思いっきり他人事と思ってやがるな!そんなこといえるはずないだろ!こんな緊迫した場面で!

 オレはとりあえずパスポートやらの身分証明書を提示し、身元もはっきりしていることを証明しようとしたのだが、それでも許してくれない。なんだか大事になってきたぞとドキドキしてきたのだが、実はオレが一番アセっていたのはヌンチャクがどうのではなく、

Gパンの右ポケットのエロトランプ

の存在だった。とにかくオレが何かしら出国に際して問題がある人物であるらしいのは確かだ。このまま問題が悪いほうに展開すれば、税関事務所に連行され、尋問にあうことだろう。そして・・・ボディチェックも受けるかもしれない。もしそのときにGパンの右ポケットのエロトランプが発見されたら・・・!

それだけはイヤだ!!!!

 よく新聞とかであるじゃない。「無修正ポルノ雑誌を国内に持ち込もうとして摘発!」みたいな記事。あんなことになったら、一生明るい道なんて歩けないよね。会社でも後ろ指さされて生きていくしかないじゃん。いや、恥ずかしさのあまり、会社辞めちゃうかも。ついでに人間もやめちゃおうかな。

 問答は続いた。税関職員は何かを提示しろといっているらしい。何かってったってアンタ、パスポートは見せたし、荷物は全部みせた(除:エロトランプ)し、他に何を提示せいっちゅうねん(後でわかったことだが、どうも入国したときの航空券をみせろといっていたらしい)。

オレ「???もう見せるもんないよ?」

と困り果てていうと、なんと彼女は片言の日本語でとんでもないことをいったのである!

税関「・・・モウオシマイネ・・・」

おおーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!!!!!!!!!!!!!「モウオシマイ」って何じゃあーーーーーーーーーー!!!!!

 今まで長い人生を送ってきたが、ここまで背筋が凍る言葉を頂戴したことはない。この時オレは独りだけ香港にあと1週間くらい滞在する覚悟をさせられてしまった。きっと日本領事館を交えての話し合いがもたれるだろう。話せばたわいもない誤解だとわかってくれるだろう。でも会社のみんな、ゴメンネ。オレはみんなと一緒には帰れないよ・・・。帰れないんだよ・・・。

 そんな覚悟を決めたオレだが、心残りは・・・やはりGパンの右ポケットのエロトランプだった。こいつの存在だけは、絶対に知られてはいけない。

 彼女は電話でなにやら連絡をしはじめた。すると5分後くらいに空港警察とおぼしき人間が2人現れた。彼女は問題のヌンチャクを彼らに渡し、あれこれ話し始めた。それを受け取った警官の顔は、苦笑いに変わっていた。

「おいおい、こんなことでイチイチ呼ぶなよ」

とでもいいたげな表情であった。後でわかったことなのだが、税関の彼女はあのヌンチャクを

ダイナマイト

と疑っていたらしい。ありえねーっての!!!オレはテロリストかっての!!!まあ、彼女を弁護してあげられるとすれば、確かにダイナマイトそのものではなくても、遠巻きから「ダイナマイトだ!爆破するぞ!」と脅せば、そう見えなくもないかな・・・といったところか。

 結局そのヌンチャクは念のため、その他危険物とともに輸送されることになり、手荷物から除外されることでオレは解放された。おもちゃのくせにえらい出世である。

 やっとみんなと合流したオレに、間垣さんはこういった。

間垣「なんでアチョーっていわなかったんだよ?」

オレ「・・・怒りますよ、いい加減・・・!」

 やっとのことで香港に別れを告げ、なんとか無事に成田へ降りついた。税関での事件も笑い話にかわっていた。飛行機をおりて荷物をとりに階段を下りていくと、下で女性の空港職員がなにかを持って立っていた。

職員「アキラ様、アキラ様。こちらのお荷物をお預かりしています

と、通り過ぎる乗客に話かけまくっている女性職員のその手には、数時間前に物議をかもした例のダイナマイトが握られていました。

(2004年2月7日)

 

 

 

 

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