1983年(昭和58年)9月のこと。やれジャンプだキン肉マンだと毎日を楽しく過ごしていた日常に、突然大きな緊張感が走りました。大韓航空という韓国の民間飛行機が、ロシア(当時ソ連)の領空を侵犯したとして撃墜されたとのニュースです。

 当時は小学生だったので、領空侵犯とかスクランブルとかよくわからなかったのですが、新聞をはじめとするメディアの論調がただならぬ雰囲気を持っており、かなり大きな事件であるということは子供心にも伝わってきました。教室内でも話題にあがったりして、誰かが「戦争になるかもしれない」と言い出したのをきっかけに、自分の行く末というか、世の中の未来が暗いトンネルに入ってしまうのではないかという漠然とした恐怖を覚えましたね。

 『はだしのゲン』を読んだり、その他の戦争に関する文献や映像にも触れてはいたので、小学生とはいえども過去に2度の大戦があったこと、太平洋戦争で日本が負けたこと、広島と長崎に原子爆弾が落とされたこと、その後世界は米ソがにらみ合う冷戦構造になって日本はアメリカ側にいること、などは基本知識としてもっていました。そしてなんといっても、戦時中というのは人間として安心に生活ができない、辛く厳しく、時にはとても残酷な社会情勢であるという強烈なマイナスイメージを自己に確立していました。そんな真っ暗闇の世界に自分の人生が否応なく巻き込まれていくという恐怖を生まれて初めて味わったのが、まさしくこの大韓航空機撃墜事件なのです。

 ソ連はアメリカの敵国です。イコール日本の敵国です。ですので、この事件を発端に米ソが開戦なんてしようものなら、日本も同盟国として対ソ連戦に突入するのでは…! と子供心に心配をしたわけです。戦時中になったらもうジャンプやキン肉マンどころではなくなるわけで(苦笑)。親父が徴兵されたらどうしようとか、あと10年後に自分が学徒出陣なんてこともありえるのか? なんて負の想像力は増すばかりでした。

 幸いなことにこの事件は戦争という最悪のシナリオは回避されて集束していったのですが、ほんと、当時のソ連も容赦なかったと思います。ただし、やらなければやられるという緊張感あふれる時代でもあったのでしょう。平和ボケした我々の考えでは冷酷な行動だと非難する思いしか浮かばないのですが、甘いんでしょうね。今はただ最悪のシナリオに突入しなくてラッキーだったと結果オーライで安堵するしかありません。

 もちろんキューバ危機と比べたらその緊張感は比較にならないレベルだと思いますが、なんにせよ、私が初めて経験した国際緊張であることは揺るぎありませんね。その後起こった湾岸戦争や9.11テロなども、同様に私の気持ちをざわつかせる国際緊張でした。

 ちなみに私の初国際緊張は1、2日で終了し、いつもようにジャンプだキン肉マンだという平和な生活に戻りました。この辺けっこうたくましいです(笑)。でも本当に戦争だけは愚かだと思います。現在の安倍政権が掲げる「集団的自衛権の解釈」も、どういった未来につながるのか一抹の不安はぬぐえませんね。

(2015年8月7日)

 

 

 

 

 

  

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